Final Cace
〜エピローグ〜

 はじめに。今ここにこうして、ホームページを作成できる幸せ、そして、1999年もスノーボードを楽しめる幸運に感謝したい。
 事件が起こったのはシーズンオフを宣言した五竜とおみから10日ほどたったゴールデンウィークあけの5月上旬。五竜の帰りに打ち合わせしてMs. T. Misaと、千葉県にあるSSAWS(Logo使用許可出ず。)へ。
 この日SSAWSでは大手スノーボードメーカー2社による1999モデルの試乗会が行われることになっていたからだ。
 そのうちの1社は私のアルペンボードのメーカーであるR社。私も次ぎに買う板、という観点とさらに上級レベルのボードというものに「試乗」する機会であったわけだ。
 そこで私は2本の板に試乗した。1999年モデルでR社のアルペンのボードは2つのカテゴリーに分かれ、レース用の最高峰と技術系の最高峰にわかれた。僕が乗ったのはその技術系最高峰と、カテゴリー別のないオールラウンドボード。どちらも私が今年乗っていたフリーライドモデルと比べいわゆる「切れる」ボードだった。

 最初に乗った技術系ボード<Demo 〜>は、堅かった。(私には。)荷重だけでは全く操作できず、まだ加重の不完全な私には全くのオーバースペックだった。

 次ぎに試したややフレックスのあるボードは楽しかった。しかしそれでもウエストの絞られたボードは私にとっては未体験の操作感。斜度にして20度前後のSSAWSでもかなりの緊張を強いられた。

 せっかくここまで試乗させてもらったのだが、次に買うボードは2年乗ったフリーライディングのボードを買い換えるかと思っていたので、そこそこにバインディングを自分の板に戻し(スノーボードの試乗の場合バインディングは自分のものを使用することが多いようです。参考までに)「慣れた板」で、リフトをあがった。


 ここで私の中に油断とおごりが生じた。
「慣れない板だからこんなもんだ。自分の板ならもっといけるさ。」と。

 SSAWSの上級コースは斜度を稼ぐために中間地点に緩斜面がある。その緩斜面にいたる直前でバランスを失った。(図: )その時フロントサイドのエッジでサイドスリップをしつつ伸び上がるような形になった。その直後バックサイドのエッジが緩斜面にさしかかった瞬間にグリップした。

 典型的な逆エッジである。しかもほぼトップスピードからの。
 私はほぼ垂直に雪面にたたきつけられた。キャップをとばされ、肩胛骨の間に打撲の痛みと、両肘から小指にかけてに痺れがあった。その場で

を確認。
 結果、打ち身だろうと判断した。頭も打ったが軽くふらついた位のもので、それもスグに回復したし、転倒の瞬間さすがにまずいと思い頭を守るべく本能的に背中を丸めファイティングポーズのような形を取ったのだ。

 その後滑走終了までのおよそ1時間何事もなかったように滑走。自分でも転んだ所でやめてしまうと恐怖だけが残ってしまうようでいやだったのだ。


 2日後。この日から新しい職場に派遣された。すると近所に小さいながらも総合病院が有った。両手、小指側の痺れが残っていたので、自宅近所の整骨医にでもかかろうかと思い、せっかくであるから一度診断してもらったほうが良かろうと思い診断を受け、念のためにレントゲン撮影を行う。この日、外来は外科の担当の先生しかおらず、整形外科の外来は明日になるとのこと。
先生(以下Dr.)
「まあ、転倒した際に肘も打ってるでしょうからそれでしょう。湿布を出しますので。レントゲンの結果は、明日にまた来てください。まあ骨になにか有れば握力とかで問題が出るので大丈夫でしょう。」と。
 翌日再度診断。今度は整形外科、つまり専門の先生だ。
Dr.
「きみ、肘がしびれているって?ちょっと僕の指を薬指と小指で挟んでみて。
(自分でも確認した握力のテストだ。)
…問題なさそうだな。よかった…。結論から言います。骨折してます。
 とっさに私は手のひらを見た。しかし壁際のライトに先生の差し込んだレントゲンフィルムはどうやら腕や肘のそれではないようだ。
Dr.
『第七頚椎頂突起離断骨折』。つまり首の骨を君は骨折してる。」
「へ?」
 にわかには信じられなかった。しかしレントゲンはその状況をまるでパズルのように明確に映し出していた。
Dr.
「君の肘から小指にかけての痺れは脊椎からの神経に軽い損傷があるからだ。スグにCTスキャンを撮影して、損傷の度合いを調べるので手続きして。」
「へ?!!



 私の驚きが分かるだろうか。確かに打ったところは押せば痛いという感じは有ったが通常の打ち身程度のものだったし、実際にけがをしてからもうまるまる3日過ぎているのに、整形外科の先生が「ちょっとあわててる」のを目の当たりにしているのだ。

 精密検査の結果、神経の格納されている頚椎の空洞に損傷はなく、痺れもその空洞ではなくそこから肩にのびている神経の一時的な麻痺であろうと言うことらしい。

Dr.
「君は運がいいね。あと5mm(つまり神経の通っている空洞までの厚さがあと5mm)内側に割れてたら即手術しても完全に直る確率は20%、つまり後の80%は首から下の麻痺が一生涯取れないところだよ。」
「………」
Dr.
「そもそも痛くないの?普通眠れないぐらい痛いはずだけど。痛み止め出そうか?」
「………」
Dr.
「…いらなきゃいい…」
 この時私に、絶句するほかになにが出来たろうか。だって「ぐーぐー」寝たしぼけっとしたら忘れて患部をぶつける位の痛みしかなかったのだ。

 この後2カ月「首輪」にお世話になって、どうにか骨折箇所はつながった。「元通りに」では無いけど


 だらだらと書き続けてきた98年のスノーボード病との闘病期は、皮肉にも『第七頚椎頂突起離断骨折』の治療で幕を閉じる形になってしまった。
 スノーボードは「遊び」で「スポーツ」だ。危険が絶対にないわけではない。でもその危険を最小にまで減らす努力をみんなでしていきましょう。また、一緒に遊んでくれたスノーボーダー、スキーヤーのみなさんに感謝のをこめて。
P.S.
本項で、危なく死にかけた私ですが、まさにその日、一緒に遊びに来ていて、危なく「誕生日」が「私の命日」なってしまうところだった Misa Chan。本当にごめんなさい。

Go Buck before Case
See ya! and Thanks!




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